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前章 滅び行く村

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-04-16 11:53:04

 尖った山々がいくつもある。山には|濃霧《のうむ》がたちこめ、雲のように広がっていた。

 空は海のように蒼く、太陽が|燦々《さんさん》と地上を照らす。雲はないものの、どこまでも続いていた。

 ふと、遠くの空から|鷹《たか》が鳴きながら飛んでくる。鷹は霧を物ともせず、地上目がけて落下した。

 そんな鷹の眼には美しく|煌《きら》めく運河が見える。

 |鷹《たか》は何を考えるでもなく、運河の上流へと飛んでいった。しばらくすると鷹の視界に大きな街が映る。

 街のあちこちに河があり、小舟が置かれていた。人はそれに乗り、河をのんびりと進んでいく。

 多くの建物は|朱《あか》い屋根、柱になっている。朱い|提灯《ちょうちん》を何本も飾り、それらが風によって時おり揺れていた。

 左右の家屋の間にある道は細いものから太い場所まであり、常に人々で埋め尽くされている。

「……ピュイ?」

 |鷹《たか》は適当な屋根の上に乗り、かわいらしく小首を傾げた。

 せわしなく動く人たちは、桃や白などの色を使った|漢服《かんふく》を着ている。青空のような色もあった。けれど|宵闇《よいやみ》のような暗い色を着ている者は一人もいない。

 |鷹《たか》は人を観察することに飽きたのか、翼を空に向けて飛び去った。

 しばらく飛んでいると、茶の葉をつけた木々が|鬱蒼《うっそう》と生い|茂《しげ》る山を見つける。一番高い木に足を休ませ、首をかしげては軽く鳴いた。|瞳孔《どうこう》を細め、くるくると首を動かす。

 ふと、山の中に、モゾモゾと動く何かがいた。それを|眼《め》に映し、じっと見つめた。

 |鷹《たか》が休んでいるのは|静寂《せいじゃく》が走る場所。されど、おぞましいほどの|陰《いん》の気に満ちている山である。

 |鷹《たか》が降り立った山は、夔山《きざん》と言われていた。|夔《き》を崇め、神を信ずる者が恐れる|夔山《きざん》と呼ばれている山だ。

 獣も、人ならざる者ですら生きていけぬ、不気味な山である。木々は水分を喪い、葉は色落ちしてしまっていた。土はカラカラになり、地面には何かの骨が点々と転がっている。

 その骨を、黄土色の肌をした人のような何かが貪っていた。それは一体や二体ではなく、十数体に及ぶ。ヨダレを垂らし、無造作に|嘱《しょく》している。

 両目は白く、瞳孔は存在しておらず。

『…………』

 一言も発することなく、ただ本能の|赴《おもむ》くままに動いているようだ。

 そのとき、|土気色《つちけいろ》の何かは恐ろしいまでの生臭い息を吐く。両手を胸まで持ってきて、ピンっと前へ伸ばした。瞬間、ドスンドスンと音をたてて飛びはねる。

 色素を失った葉をもつ枝に留まっていた|鷹《たか》は驚き、鳴きながら飛び去っていく。鳴き声に紛れた羽音を惜しげもなく|晒《さら》け出しては、空へと逃げていった。

 土気色のそれは何度も飛びはねながら、前へと進む。|邪魔《じゃま》な雑草に行く手を|阻《はば》まれようとも、大木にぶつかろうとも、表情すら変えずに飛びはね続けていた。

 |寸刻《すんこく》、前後左右の草むらから同じ顔色の何かが現れる。それは一体や二体ではない。数えるのも|億劫《おっくう》なほど、おびただしい数だ。

 そんな者たちは|皆《みな》、一様に同じ方向へと向かった──

 □ □ □ ■ ■ ■

 |陰《いん》の気に満ちた山の|麓《ふもと》には、ひとつの小さな村がある。

 |寂《さび》れてはいないが、|繁栄《はんえい》もしていない。村の中にあるのは畑や田んぼ、牛小屋ばかりだ。周囲は山に囲まれ、空からは雪が降っている。とても静かでのどか。そんな印象の、何の|変哲《へんてつ》もない村だった。

 そんな村は今、かつてないほどの恐怖に|襲《おそ》われている。村の四方、山を背にした側には火の|粉《こ》が舞っていた。牛小屋辺りからは動物の鳴き声に混じり、ドスンドスンという奇妙な音が止まることなく|響《ひび》き続けている。

 |鶏《にわとり》が羽毛を|撒《まき》き散らしながら村中を|駆《か》け、我が物顔で走り回っていた。

 こんな状態であるにも関わらず、村人はいっこうに姿を見せない。

 そんな村の入り口近くでは|旗《はた》を|掲《かか》げた馬車が数台、停まっていた。旗には[黄]と書かれている。

「──こりゃあ、|酷《ひで》えな」

 先頭の馬車から言葉とともに降りてきたのは、中肉中背の若い男だ。

 布で髪の毛を、頭の|天辺《てっぺん》でひとまとめにしている。顔立ちは平凡そのもので、何の|特徴《とくちょう》もなかった。あるとすれば上は黄色、下にいくにつれて白くなる|漸層《グラデーション》の|漢服《かんふく》か。

 そう言うしかないほどに、目立つ部分は何もない男だった。

「おい、お前ら。わかってるな? |殭屍《キョンシー》の|殲滅《せんめつ》だぞ!?」

 彼がそう告げると、他の馬車から同じ服装の者たちが数名現れる。彼らは一様に剣を持ち、|頷《うなず》いていた。

 瞬間、ドスンドスンという音の正体となる者たちが、村のあちこちから顔を出す。

 土気色の顔、黒目のない瞳、そして肌のあちこちに浮かぶ血管など。とても人間とは思えないような姿だった。

 この者たちは|殭屍《キョンシー》と呼ばれる存在で、生きた人間ではない。動く死者だ。

 それらは数秒もたたぬうちに村の入り口付近にどんどん集まり、黄色の漢服の者たちが動き出す前に地をたたく。

 ドスン、ドスン……

 両腕を前に浮かせ、飛びはねながら、馬車の周辺にいる人間たちへと近づいていった。

「|怯《ひる》むな! やつらを殺せー!」

 何の特徴もない男が誰よりも先に地を|蹴《け》る。

 後ろにいた者たちは彼を追いかけるように、剣を手に立ち向かっていった。

 ある者は|殭屍《キョンシー》と呼ばれた存在を|容赦《ようしゃ》なく剣で|斬《き》り、|血飛沫《ちしぶき》を浴びる。またある者は|殭屍《キョンシー》を頭ごと|切断《せつだん》し、動きそのものを封じた。

 当然|殭屍《キョンシー》とて、黙って殺られてはいない。|隙《すき》をついて相手の|喉《のど》や腕といった、肌が|露出《ろしゅつ》しているところを|噛《か》んでいった。噛まれた者たちは苦しみながら剣を落とし、|瞬《またた》く間に|殭屍《キョンシー》のようになっていく。

 それらを繰り返した結果、|徐々《じょじょ》に人間側の人員が減ってしまっていた。

「……ちっ! 役にたたねー連中だな」 

 中肉中背の特徴すら見当たらない男を含み、数人だけとなってしまう。彼らは互いに背をくっつけ合い、|死角《しかく》を消しながら剣で|応戦《おうせん》した。

「こいつら、どんどん増えてやがる……って、おい! あの|餓鬼《ガキ》はどうした!?」

 伸びてくる|殭屍《キョンシー》の腕を|斬《き》り、周囲を見渡す。けれど目的の者の姿は見当たらぬようで、彼は舌打ちをした。

「こんなときに、どこ行きやがった!? ……っ!」

 瞬間、両目を|瞑《つぶ》ってしまうほどの光が、村の奥地から放たれる。けれどそれは一瞬のことだったようだ。彼はすぐ様目を開け、我先にと|殭屍《キョンシー》を|祓《はら》うために剣を握りしめる。

 ふと、足元に|違和感《いわかん》を覚えた。何かがあたった。そんな気がして地を見下ろす。

 そこには、|深紅《しんく》色の結晶の|塊《かたまり》が転がっていた。しかも、ひとつやふたつではない。

「……これはまさか、|血晶石《けっしょうせき》か!?」

 拾おうと腰を少し曲げたとき、馬車を引くための馬たちが一斉に鳴き出した。何事かと見てみれば、村の入り口には|新手《あらて》の|殭屍《キョンシー》たちが待ち構えている。

 なぜと考える暇もなく、彼らは|襲《おそ》いくる|殭屍《キョンシー》の|群《む》れを|薙《な》ぎ倒していった。

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